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日経ビジネスオンライン:マネジメントの答えは牧場にあった(1)

マネジメントの答えは牧場にあった
馬に教わるリーダーシップ

第1話 東京-インドネシア-神戶

2014年9月10日(水) 小日向 素子

外資系IT企業の部⻑としてマネジメントに奔走していた「私」は、リーマンショックに伴 うM&Aによって突然解雇される。新規ビジネスの立ち上げを模索する中、以前から疑問を抱 いていた自分の統率力やコミュニケーション能力に向き合うきっかけがやってくる。それは 偶然からの「馬」との出会いだった。 群れで生きる馬は、そのときどきの生存環境に最もふさわしい資質を持つリーダーに一期一会で従うという。言葉を理解しない馬と意思を疎通するうちに「私」は自分なりのリーダーシップ、そしてコミュニケーションの本質について学んでいく。 人間の振る舞いを鏡のように映し出す馬を通して、卓越したリーダーシップ、優れたチームワークとは何かを探し求めていく、オン・ザ・ウェイの物語。

 

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私の目の前には、マロという名前の灰色の馬がじっと立っている。

大型の馬ではないが、それでも体重は400kg近い。

マロを馬場に連れていかなくてはいけない。

その第一歩からつまずいた。

全然動いてくれない。

最初は優しく「行くよ」「マロくん、あっちだよ」などと話しかけたり、なでて みたり。

しまいには、イライラしながら、引き手を力任せに引っ張ったり、お尻の ほうを叩いてみたり...。

でも動かない。

 

牧場主のくうまさんが言っていたことがよみがえってくる。

「馬は犬などと違って、言葉を理解しない。それに“個人”も認識しないんだよ」

必死で考える。言葉を解さない、腕力では動かしようもない存在と、
どうやったら心を通わせ、意思を伝えることができるのか?
数年前の記憶がよみがえる。同じようなことを、日々、会社の中で考えていたのだ。

「言葉で何を言ってもまるで通じた感がない部下と、

どうしたら心を通わせ、同じミッションに向かって動くことができるのか?」

「相手をモティベートするような雰囲気、そう、まさに“気”をどうしたら作り出せるのか?」と。

 

大学を卒業後、日本の大手企業に就職した。

その後、いくつかの外資系企業のマ ーケティング部門を経て、

30代半ば、ある外資系IT企業日本支社のマーケティング 部⻑に就任。

傍目からは「バリキャリ」と言われそうな人生を送っていた。

当時、私が任されていたのは、派遣社員も入れて総勢20名のチーム。

私と、私が 採用した若手2、3人以外は、新卒で入社してから数十年もその会社に勤め続けている

国立大学や大学院の理系出身の男性ばかりだった。技術系の典型的な日本企業だ ったが、

数年前に外資に買収され、米国型の経営が持ち込まれた。

 

そして、組織変 革を望む米国本社のバイス・プレジデントに見込まれて採用されたのが、

全く異質 な経歴を持つ私だった。

私は全くの「ストレンジャー」「宇宙人」であることをむしろ武器に、

米国系の IT企業でそれまでに培ったMBA的マーケティングのノウハウと振る舞いを持ち込ん だのだった。

何せ私が権限を持っているので、部下も何とか私(私の言うこと)を 理解しようとしてくれていたと思う。

 

かくいう私も、業績の結果を出すための基礎として、ピープル・マネジメントは とても大切だと認識していた。

だから“Listen First(まず傾聴する)”というマネジ メントの教えを守ろうと、

個人面談の機会を普通の日本企業よりもはるかに頻繁に もうけ、

目標や評価の基準もできる限り明確にし、部下や同僚の働きやすさについ て、

私なりに真剣に考えて、誠意をもって尽くしたつもりだった。

 

そうして半年も過ぎた頃、「360度評価」の結果をフィードバックされた。

見てみると、思いがけなくとても低い評価が目に飛び込んできた。“Listen by Heart”という項目だ。

正直、「えーっ! こんなにやってるのに...」という気持ちだった。

でも一方 で、“by Heart”という部分が欠けているのではないかと、

我がことながら何となく 腑に落ちるところもあった。

昔から、どの会社にいても人と少し距離を置いてしまうのか、しばしば周囲から浮く傾向にはあった。

ずいぶん直したつもりだったのだが、まだ言われるのだろうか?!

片腕と思っているマネジャーに聞いてみると、案の定

「小日向さんは、やっぱり 壁がありますよ。本気っぽくないというか。

聞く時もうんうん、って何でもうなずいていて、
分かってくれたのかな?と思っていると、実は分かってないことが多い」

と言われた。

一瞬むかつきながらも「そうだよね」と答えたが、でもどうしたらいいのか分からない。
自分では無意識の部分であり、
表面上の振る舞いの矯正ではどうにもならないレベルのコミュニケーション能力の問題に思えた。

MBA的世界から解放されて

 

2008年、リーマンショックによる勤務先の突然のM&A(買収・合併)を理由 に、解雇された。

周囲からは心配されたが、本人としてはホッとしていた。

その半年ほど前から、日本的企業風土の会社のマネジメントとして、

今の私がや れることはやりきったと感じていた。

天井にぶつかっているような感じがしていた のだった。

また、ずいぶん前から、米国型資本主義のやり方に違和感を覚えてもい た。

 

キャリアを重ねるにつれ、私は自分の過去の経験、特に失敗から学び、

同じ失敗 を二度としないということを徹底するようになっていた。

また、創造性を発揮して ゼロから考えるよりも、経験値をもとに、

MBA用語で思考可能な範囲で判断を下す 習性がついていた。

 

おかげで判断が早く、常に明確に意見を言い切ることができるので、

特に米国本社には受けがよかった。

 

ことに、失敗した後のリカバリーがとて も早い、という評価を得るようになっていた。

今から思えば、当時のすべての思考や行動は「私」という個人ではなく、

××とい う市場の、××というポジションにある企業の、××という部門の責任者

として行っ ているものという感覚なので、

個人的に思い悩む必要がほとんどなかったからだと 思う。

 

以前は、服装はかなり自由な装いが好きだったし、

気が向かなければ飲み会の誘 いなどは軽く断っていたが、

部⻑になってからはコンサバなスーツとヒール、

飲み会も自分から先導するなど、それまでの振る舞いまでも一変させていた。

出張の度にブランド品を購入し、エステに通うのも、楽しみでやっているではなく、

人の目に映る自分を「演出」「調整」するためにやっていたことだ。

そうした世界からひとまず放り出され、自由になったという開放感は大きかった!

 

 

 






インドネシアのバニラ農園へ

ところが自由になったのはいいけれど、恐ろしいことに何もやりたいことがない。
退職金があっても、洋服もアクセサリーも、もともとあまり興味がない。
旅行したい場所もない。
ゴルフも会社で必要だから付き合いでやっていただけ。
やりたい仕事なんて、もちろん、ない。
 でも、本は読むかな。本は好きだな。本を仕事にできないかなと思い、
「ブックコンシェルジュ」「ブックコーディネーター」という看板を掲げ、活動を始めた。

「本で知恵を育む」というテーマがだんだん見えてきて、
「暮らしと、仕事と、学びが重なる生活がしたいのだ」ということが分かってきた。

ブックラウンジという場をつくり、読書会を開催し、集まる人と豊かに語らう時間ができてきた。
「学び場づくりがしたい」という私に、
フリースクール経営やインターナショナルバカロレアのコンサルティングをしている方や、
企業研修を手がけている方が仕事をくださり、「教育」へと足場が移ってきた。

さらにカンボジア、タイ、インドネシアでBOP(ボトム・オブ・ピラミッド)ビ ジネスを

仕掛けている方々と出会った。東南アジアの農村に行ってみると、

これま で私の世界にはいなかった、文字通り自然の中で、自然の一部として暮らしている 人たちがいた。

特にインドネシアでは、最貧困層の人たちとのシェアリングビジネスを

実現して いるバニラ農園の主に出会うことができた。そこに1カ月、一人で泊まり込んだ。

 

電波は入らないし、お湯はないし、蟻がベッドのパイプを巣にしているし、

夜に なると屋根裏でネズミが走り回る。朝3時からコーランの大合唱。

でも、毎日、日の 出と共に起床し、バニラの手入れをして、農場主と語らい、

日の入りと共に眠る中 で、全身の細胞がよみがえっていくような気がした。

品質のよいバニラをオーガニックで栽培し、バニラシュガーなどの製品にして、

利益を確保し、それを農⺠に還元する。

農園の水は井戶水、肥料は飼育しているヤギの糞、複数の植物が共に生きる環境での栽培。

すべてがいろいろなレベルで有機的に循環している。彼らの生き方、暮らしそのものが学校だと思った。

都会のブックラウンジでは脳だけが動いて身体がついていかない。

暮らしと仕事と学びが重なるのは至難の技だけれど、ここでは普通に行われている。

このインドネシアのバニラ農園のような場所を、カンボジアで作れそうな機会が巡ってきた。

農業のことを知っている人はたくさん見つかったのだけれど、糞で土を豊かにしたり、

食肉になってくれたりする動物たちについて知っている人がいなかった。

そんな折に、日本や海外にいくつも馬の牧場を持っているという人を紹介されたのだった。

 

2011年11月。

私は外苑前のフレンチ・レストランで、牧場経営者のくうまさんと初めて顔を合わせた。

カンボジアのプロジェクトについてアドバイスをもらうためだった。

 くうまさんは私の話を聞くと、言下に
 「それ、意味ない」
と一蹴した。

初対面なのに全く遠慮のない、ストレートな言葉にショックを受けた。

「え、駄目なんですか?! どこが?!」

つられて私もいきなりタメ口で聞き返す。このプロジェクトの話をすると、
たいていの人は「いいお仕事ですね。できることはしますよ」と言ってくれるので、の反応は意外だった。
 「何か嘘っぽい。というか本質がない。命の教育にならない」 くうまさんはいろいろ話してくれた。その時の私には十分に本質が理解はできなかったけれど、
話の中に出てくるキーワードたちは、私の中で圧倒的に欠落している
何かを埋めてくれるミッシングピースだという予感がした。

くうまさんの牧場は、通常の牧場ではない。
不登校の子供、障害を持つ人など、生きることへの困難さを抱えた人が馬と共に暮らし、働き、学ぶ場だという。
くうまさん自身、かつて様々な困難を抱えた時、馬という「弱い生き物」に頼ることで助けられたという。

「生きることの根本的な力っていうのがあって、それを育てることが大事なんだよ」
「弱さに対する感受性、君たちは全然ないと思うよ」

私は生きる根本的な力、ないなあ。生きるのに困難、私も感じてるけどな。

弱さ って何だ? などなど、心の中で思いつつ、何だか分からないのでうまく相槌すら打 てない。

 

 

自分の中の圧倒的な欠落

 

話題はどんどん広がり、飛びはね、時間があっという間に過ぎた。

出会って、開口一番に、私が一生懸命やっているカンボジアでのオーガニックファーム構想について一蹴されたけれど、
くうまさんが言っていることが正しいと直感した。
彼が言っていることを、臓腑に落ちて、わかりたい、知りたい、と思った。

私は頭で構想するばかりで、農業のことも酪農のことも、身体に落ちていない。

「弱さに対する感受性」なんて実は全くないと思う。

オーガニックファームそのものが学びの場、と考えていたけれど、そこには何のプログラムもない。
ただ体験してもらうだけ。
それでも成立はするかもしれないけれど、薄っぺらい。

会社をクビになって、はや4年が経とうとしていた。

少しは「やりたいこと」が見 えてきていたものの、

何かがまだ圧倒的に欠落していることは私が一番分かってい た。

もっと、具体的に、もっと、⻑期的に、これまでの思考の枠をぶったぎって、毎
日の暮らしのスタイルそのものから変えていかないと駄目。小さく弱いシグナル
が、眠りたいのに聞こえる蚊の羽音のように続いていた。

2012年5月。私は神戶にあるくうまさんの牧場へと向かった。

 

 
突然、探していた答えの片鱗が...

羽田から神戶に向かうフライトの中で、不安がむくむくと頭をもたげてきた。

私といえば、六本木の学校に12年間通っていた完全な都会っ子。

外で運動するよ り美術や音楽が好きなインドア派。過去のトラウマがよみがえる。

“ああ、そういえば子供のころ夏休みにキャンプとか参加させられるのすごく嫌い だった。

中2の時はテニス強化合宿に紛れ込んでしまって、全く体力がついていかず 倒れたんだった。

牧場仕事をして、馬と暮らすなんて、いきなりハードルが高すぎ るのでは...。”

神戶空港からポートライナーで三宮に出て、さらに有馬温泉近くの指定された駅で降りると、
神戶のスタッフの方が迎えに来てくれていた。
 一度お会いしたことのある綺麗な女性と、初めて会う男性。
二人とも⻑靴を履いている。靴にも、指先の爪にも、しっかり土が付いている。
牧場の帰りなのだという。
 「まずは⻑靴とか、軍手とか、必要なものを買いましょう」
と、ホームセンターへ向かった。
 ⻑靴って靴屋で買うんじゃないの? ホームセンターってどんなところ?
そんなことすら知らない私。
 二人はきびきびと短時間で必要なものを購入し、大荷物も軽々と抱えて軽トラックに積んだ。
私はひたすら後ろをついて歩く。

軍手や⻑靴の次は、食品売り場で食材をしこたま買い込む。

牧場のスタッフ5人で 共同生活をしており、1週間分ほどの食材を買っているのだという。

一式そろえて、その日は共同生活をしている一軒家へ向かった。
高級住宅街にあるとても大きな家。
聞けば、牧場の主旨に賛同してくれている方がご自宅を使わせてくださっているのだという。
取りあえず女子部屋に荷物を置かせていただく。

 最初に目に入るのは、もちろん、本棚。

ガンジー、タゴールといったインドの思想家の本が目についた。
私も興味がある思想家たちだった。こういう本を大事に並べている人が、私費を投じて支援する活動。

何かがつながっているような気がする。 翌日は5時半に起床して、朝食をとり、すぐ牧場に向かった。

神戶の牧場での初日。その最初の30分で、

「おお!! これはまさに...」

と興奮し て声を上げることになるとは思ってもみなかった。

 

ずっと探していた答えの片鱗 が、突然目の前に現れたのだ。

 

 

 

 

 

このコラムについて

馬に教わるリーダーシップ

外資系IT企業日本支社の部⻑としてマネジメントに奔走していた「私」は、リーマンショックに伴 う業績悪化から突然解雇される。新規ビジネスの立ち上げを模索する中、以前から疑問を抱いていた 自分自身の統率力やコミュニケーション能力に向き合うきっかけがやってくる。それは偶然からの 「馬」との出会いだった。

群れで生きる馬は、そのときどきの生存環境に最もふさわしい資質を持つリーダーに一期一会で従うという。言葉を理解しない馬と意思を疎通するうちに「私」は自分なりのリーダーシップ、そしてコミュニケーションの本質について学んでいく。 人間の振る舞いを鏡のように映し出す馬を通して、卓越したリーダーシップ、優れたチームワークとは何かを探し求めていくオン・ザ・ウェイの物語。

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